湯浅町・紀州湯浅町観光協会・湯浅の人(歴史上の人物)
湯浅の人
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湯浅の歴史上の人物

湯浅宗重
鎌倉時代初期に活躍した武士。
平氏の時代には、平清盛に鎌倉幕府になってからも頼朝の信頼が厚かったといわれます。
数々の武勇の一方で、神仏を崇信して神社、寺院の修理や建立を行い、手厚く保護しました。

明恵
鎌倉前期の僧で、母は湯浅宗重の娘。栖原西白上峰、東白上峰で厳しい修行をする。
後鳥羽院から土地を賜り京都・高山寺を復興する。

栖原角兵衛
栖原家当主の代々の名前。
初代は房総の漁場を開拓。5代目は蝦夷(北海道)の漁場を開き、6代目は樺太と北海道・宗谷間の定期航路を開く。

須原屋茂兵衛
栖原村の須原家は、代々江戸で薬問屋と出版業を営む。
4代目須原屋茂兵衛は、杉田玄白の『解体新書』を出版した"江戸の本屋"須原屋の本 店当主。

菊地海荘
栖原の生まれの菊地海荘は、家業を継いで江戸で砂糖・薬問屋を営むかたわら、詩に 親しみ、故郷に古碧吟社を創設。
天保の飢餓では私財を投じて土木工事を起こし、難民、失業者を救う。

鎌田一窓
湯浅道町出身の哲学者であり医者。
湯浅にも有信舎があり心学の普及に努める。

鎌田りゅうおう
江戸期の最も優れた哲学者の一人として、高い評判を受けた。
心学と医学 を、伯父であり、養父である一窓から学ぶ。

紀伊国屋文左衛門
江戸時代中期の豪商。
江戸で材木商を営み上野寛永寺根本中堂の造営に際し、その用材の調達を一手に請負い巨利を得た。(1698年)
1708年、十文銭の鋳造を請負い大きな損失を受け、以後材木商も廃業する。
文左衛門も「別所」が本姓で、湯浅の別所が生誕地という説が強い。別所の勝楽寺境内に「紀伊国屋文左衛門生誕の碑」が建立されている。
紀伊国屋文左衛門 紀伊国屋文左衛門 紀伊国屋文左衛門

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